商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

家紋と紋章

 ヨーロッパに見られる紋章とわが国の家紋は、いずれも家系を表す点で共通する。紋章は婚姻等の関係を正確に表そうとする結果、複雑な図柄になる傾向があるが、家紋にはそうした傾向はない。日本人に最も人気のある赤穂義士伝での、大石の東下りの神奈川の宿で、内蔵助と垣見五郎兵衛との禁裏御用を巡るやりとりで、紫の袱紗(ふくさ)に印された浅野家の家紋が垣見に事態を悟らせる。「丸に違い鷹の羽」の家紋が複雑な図柄であったら、こうはいくまい。

 家紋は、同一世帯あるいは家系を示すものであるから、商品又は役務の出所を表示する商標とは異なる。しかし、家紋は、人の知覚によって認識できる図形や記号でもあるから、これを業として商品又は役務について使用する場合は商標となり得る。現に、家紋は商標登録され、しばしばハウスマークとして使用されている。家紋イゲタは、住友商事を始め関連企業が商標登録しているし、イゲタの中に漢数字三は三井物産が使用している。真田幸村で有名な六文銭はJA全農を始め多くの事業者が商標登録を受けている。一方、五七の桐紋は豊臣秀吉の家紋であったが、豊臣家の断絶で、日本政府が使用している模様であり、500円貨幣には日本国の文字と共にこの家紋が全面に表されている。

 西洋の紋章にあっては、パリ条約同盟国の国の紋章等は経済産業大臣の指定するものであれば、商標登録はみとめられない(商標法4条1項2号)。また、不正競争防止法上も経済産業省令で定められているものは商標として使用することが禁止されている(不正競争防止法16条1項)。他方、家紋については、商標法にも、不正競争防止法にも直接適用される規定はない。

 そうすると、1万とも2万ともあるといわれる家紋の内、現在政府や神社仏閣のような公的機関や神社仏閣によって使用され周知となっているものはともかく(商標法4条1項6号・7号)、そうしたものではない家紋については、家紋単独で、あるいは結合商標として登録されている例も多くあり、だれでも商標登録できそうである。

 しかし、平成29年改訂の商標審査便覧では、「家紋からなる商標登録出願取扱い(42.107.06)が新設され、商標法4条1項6号・7号の他、10号、15号及び19号により他人の業務に係る商品等を表示するものとして需要者の間で広く認識されていたり、また単純な図形を表した極めて簡単かつありふれた標章(商標法3条1項5号)と評価されたりするものは拒絶される。家紋を商標登録したい向きは、先後願の関係(商標法4条1項11号)だけでなく、これらの拒絶事由の適用を回避できるだけのデザインの工夫が求められる。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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