商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

利己的に過ぎるシステム

 白頭鷲が右足でオリーブをつかみ、左足で矢をつかんでいる図柄で知られる米国のエンブレムや、北極から見た世界地図をオリーブの葉が囲んでいる図柄で知られる国際連合の標章は、国や国際機関の威信や信頼の象徴でもあることから、当然ながら商標保護制度や不正競争禁圧制度においても保護されている。179の同盟国を擁するパリ条約も、その6条の3の規定でこれに対応している。また、同盟国が採用する監督用及び証明用の公の記号や印章についても、この規定の下で同盟国は保護を義務づけられている。

 わが国では、商標法4条1項5号で、こうした国などのエンブレムや国際機関の標章は経済産業(旧通商産業)大臣が指定すると、これと同一又は類似のものは、商標登録を認めないことになっているとともに、不正競争防止法16条及び17条で、商標として使用することも禁止されている。また、国の監督用及び証明用の印章や記号も同じように指定されると、商標としての登録は認められないし、その使用も禁止されている。

 ただ、パリ条約6条の3では、「権限ある官庁の許可を受けずに」商標として登録したり、使用したりすることが禁止されているので、当該監督用及び証明用の印章や記号が商標登録されたり、あるいは使用されたりしても、権限ある官庁が出所表示機能や品質保証機能を害しないと認める場合は、登録も使用も許されることになる。例えば、ドイツ商標法ではそうなっている。

 マレーシア政府の商品又は役務を「食肉、魚、輸送」等とする証明用の印章「HALAL」は経済産業省告示平成26年告示196号で商標法4条1項5号の国の記章として指定されている。しかし、マレーシア政府が、令和元年に出願し拒絶理由通知を受けて補正後、商品「茶」及び役務「工業上の分析及び調査」としてこの印章を日本国に出願したが、先の平成26年告示による国の印章と同一又は類似する商標として拒絶された(商願2019-117766、不服2021-8337)。上記の2つの出願人はいずれもマレーシア政府であるから、当然ながら「権限ある官庁の許可」の存在は疑いなく認められるが、商標法4条1項5号に定める商標登録が認められない商標に当たることも否定しがたい。

 わが国にも監督用及び証明用のマークとして、日本の地理的表示GIマークがあるが、これは、指定商品を第2類塗料、染料、第3類香料、化粧品を始め、全部で23の商品役務の区分について、平成27年4月10日商標登録第5756405号として登録されている。このGIマークは経済産業大臣の指定をあえてしないで登録したものと推測される。商標保護は登録して保護することが原則だが、自国のものは登録し、他国のものは登録しないというのでは、余りにも利己的に過ぎるのではないか。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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