商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

タコ滑り台とザイル・ジャングルジム

 どの町や村にも児童公園があり、そこには子供たちの遊具が設置されている。ブランコやシーソーはどこの公園にもある遊具であるが、滑り台やザイルのジャングルジムも、子供たちが好きなテッパン遊具だ。

 この夏、最高裁が上告不受理とした「タコ滑り台事件」は、その名の通りタコの形状をした滑り台が造形美術の著作物の権利侵害として争われた事件である。タコの頭を天蓋としてそこから3本の足をそれぞれ滑り降りる遊具なので、よくある滑り台とは明らかに異なる特異な形状になっている。また、遊園地にある登攀用ザイルでできたジャングルジムも、10年ほど前にSeilzirkus事件として、ドイツ最高裁で同じく著作権の侵害にあたるとして争われた。この遊具は、マスト柱と複数の支柱を地面に固定し、その間をロープで、クモの巣のようにロープの編み目で張り巡らす。クモの巣に2つと同じ模様がないのと同様、こちらも同じ網模様はまずみられない。

 制作者が有名な彫刻家や建築家であることで著作物性の認定が変わるわけではないが、札幌の大通公園に設置されている滑り台「ブラック・スライド・マントラ」は、彫刻・庭園のクリエーターで有名なイサム・ノグチ(1904-1988)の作品であるし、そもそもザイル・ジャングルジムはドイツの建築家で張力構造体のパイオニアとして知られるConrad Roland(1934-2020)の考案したもののようだ。彼らの作品が著作権保護を求められるとなるとどうなるかは興味深いものがある。

 上記のタコ滑り台事件では、東京地裁と知財高裁はいずれも、応用美術としての保護の可能性を否定した。知財高裁は、「応用美術のうち,美術工芸品以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得ると解するのが相当」と応用美術の分離可能性説に沿った原則論を示したが、本件タコ滑り台は頭の天蓋部分も創作的表現を備えていないし、その他の部分も実用目的を達成するための機能的な構成にとまるものとされた。

 Seilzirkus事件では、Conrad Rolandから世界全域を範囲とする排他的ライセンスを受けたと主張する原告が、同種のザイル・ジャングルジムを製造販売した被告らに著作権侵害を理由に差止及び損害賠償等を求めた。これに対し、ドイツ最高裁は「実用目的物が、著作権法2条1項4号の応用美術の著作物として著作権保護を受けるためには、単に技術的に制約されることで条件付けられる構成だけでなく、芸術的な構成としての特徴を有するものでなければならない」、「ある構成が自由に選択可能ないしは代替可能であっても、芸術的な成果物と認識できないものは、著作権保護を享受することはできない」とタコ滑り台事件判決につながる判断を示している。

 実用目的を有する応用美術の著作物が創作性のハードルを越えるためには、純粋美術の著作物よりもより高度の芸術的な創作性が求められる、ということ自体は日独で依然としてなお変わらないようだ。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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