商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

ドイツは車社会である

 「ドイツで生活するには、クルマの運転が必要です」とは、S先生がフンボルトの短期留学制度でミュンヘンのM研究所にお見えの折に、客員研究員として籍を置いていた筆者にいわれたことである。

 確かに、ドイツでの2年ほどの生活にクルマは極めて有用であった。そもそも、欧州は一部の国を除き地続きだから、クルマで移動できる。ミュンヘンから東、ポーランドの歴史都市クラコフ、あるいはミュンヘンから西、カタルニアのバルセロナまで、いずれも東京・福岡間の1100kmにほぼ等しい。これらの都市を始め、さまざまな都市を訪れることになるのだが、家族4人がクルマで移動できれば、移動費もその分安くあがる。

 クルマの駐車は、幹線道路でなければ大抵可能だから、研究員の多くはクルマで通っていた。M研究所の前所長U先生も、日本でいう傘寿をすでに迎えられていたが、ミュンヘン郊外の湖畔の住まいから、アウトバーンを、赤のポルシェの性能を十分発揮してM研究所にみえていた。

 クルマは生活に欠かせないから、必然的にクルマに関わる税金や維持費用にドライバの関心が高い。日本のような車検もなく、日本の自動車税とか、車庫証明も求められない。古いクルマも走っていたが、全ては自己の危険においてだ。もっとも、クルマの修理を業者に依頼すれば、相応の支払の覚悟はいる。ここに「スペア・パーツ」問題が登場する。

 クルマのバンパーなどは、事故があるとほぼ確実に損傷を受けるパーツであるが、このようなパーツであっても独立して取引の対象となっている製品であれば、そのデザインは意匠保護の対象となる。第三者はかかる製品を自由に市場におけない。しかし、遂に、意匠法40条a(1)第1文に、同2文の条件付きながら、スペア・パーツ条項が設けられた。自動車のような「複合製品の本来の外観を回復するため、複合製品の修復を可能にする目的でのみ使用される補修部品のデザインは意匠保護の対象としない」がこれである。このことは一般ドライバや、損害保険による支払を押さえることができる保険会社にとっては、積年の願いでもあった。

 ところで、冒頭のS先生のお勧めに添うにはまず免許証が必要となる。日本の免許証から切替えは可能だが、それとても半年間のドイツでの運転実績がいる。クルマがないのだからその証明に窮したが、同室のL研究員が、時々(gelegentlich)借りて運転していればいいはずである、という。そこで、知人のクルマを偶に運転してその証明をもらい、無事、運転免許証を切り替えられた。

 この運転免許証(Lappen)は、丈夫な特殊紙でできており、有効期限のない一生モノのはずだったが、有効期間15年のプラスチックカード式のものに切替えが必要になった。4300万人もの免許保有者が切替えるのであるから、年齢と発行年で切替え時期をさまざまに分散している。感心するのは、1953年前に生まれた筆者などは、2033年1月19日までに切替えが求められていることだ。そのときは87歳になっているので、死んでいるか、運転できそうにない年齢に達している。そんな高齢者を捕まえて金と手間をかけさせなくてもいいというドイツ流の考え方に感心した。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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