商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

最近の注目される商標関係裁判例

1. 権利行使制限規定に該当するとして商標権侵害請求が棄却された事例(令和5年12月19日 大阪地裁令和4年(ワ)第9818号 「熱中対策応急キット侵害事件」 商標法39条・特許法104条の3第1項)
 本件は商標権侵害訴訟で、本件商標は、「熱中対策応急キット(標準文字)」であり、指定商品「5類 タブレット状サプリメント、その他のサプリメント、9類 カード型温度計、18類 ポーチ、かばん類、21類 化学物質を充てんした保温保冷具、再利用可能な代用氷、水筒、飲料用断熱容器、携帯用クーラーボックス(電気式のものを除く。)、保温袋、24類 布製身の回り品、タオル、32類 飲料水」他である。

 大阪地裁は、本件商標権の登録には商標法3条1項3号違反の無効理由があり、商標権の行使が制限されるとして、請求を棄却した。侵害訴訟に対する被告側の抗弁の一つに、当該商標権の登録に無効理由が存在するときは、権利行使の制限の抗弁が可能とされている(商標法39条準用の特許法104条の3第1項)。平成12年の最高裁の判例変更(「キルビー特許事件」平成12年4月11日 最高裁平成10年(オ)第364号 民集54巻4号1368頁)を踏まえて、平成16年の特許法改正(平成16年法律第120号)で権利行使の制限規定が新設され、商標法にも準用された。除斥期間の適用があるが、本件事案では、除斥期間内である。
 本件商標権の登録には3条1項3号違反の無効理由が存在するとされ、事案からは過誤登録の例と見える。これまで、3条1項1号違反無効理由存在の「カンショウ乳酸事件」平成13年2月15日 東京地裁平成12年(ワ)第15732号、控訴審平成13年10月31日 東京高裁平成13年(ネ)第1221号)、4条1項10号違反の無効理由存在の「モズライトギター事件」平成13年9月28日 東京地裁平成10年(ワ)第11740号 控訴審平成14年4月25日 東京高裁平成13年(ネ)第5748号)、4条1項7号違反の無効理由存在の「ADAMS事件」平成15年7月16日 東京高裁平成14年(ネ)第1555号)がある。これらに一例を加えた裁判例となった。

2. 侵害訴訟で、禁反言の原則が採用されて、請求の一部が否定された事例(令和5年12月14日 大阪地裁令和2年(ワ)第7918号 「Robot Shop」商標権侵害事件 37条1号)
 本件侵害訴訟は、原告請求の一部に対し、禁反言の原則による抗弁が争点の一つとなった事案である。
 本件事案では、原告の商標権侵害に基づく請求の一部に対し、禁反言の原則による被告の抗弁が争点の一つとなり、これが認められたという稀有な判決となった。大阪地裁は、本件商標を工業用ロボットの小売等の指定役務については3条1項3号該当との拒絶理由通知を受け、前記商品及び役務を除外して登録を受けたのに、原告が、ロボット類似品に対して本件商標権の侵害を主張することは、禁反言の原則により許されないと被告主張通りの判断をした。これは、侵害訴訟においては、商標権者が出願経過で自己が行った主張と矛盾する主張は許されないとする法理とされる(包袋禁反言とも称される)。しかし、補正で削除したロボットに基づく行使ではない。本件商標の指定商品(補正後の現指定商品)に類似する被告使用商品に対しては、禁止権の行使(37条1号)で、本来的な禁反言の原則からは外れていると考えられるが、それでもその範疇なのだろうか。禁反言に係る参考例としては、侵害訴訟においては、当該商標権の出願過程の異議申立事件の答弁と矛盾する主張は信義誠実の原則に反するとされた事例(「KⅡ事件」平成6年6月29日 東京地裁平成5年(ワ)第6949号 判例時報1511号135頁)がある。

3. 審決取消訴訟で提出した登録商標の使用証明で、不使用取消し審決が取り消された事例(令和6年1月30日 知財高裁令和5年(行ケ)第10018号 審決取消請求事件 商標法50条2項)
 不使用取消審判(2022-300380)の成立審決取消し訴訟の段階で、被請求人(原告・商標権者)が初めて使用事実を提出した事案である。
 本件事案では、不使用取消審判での使用の事実の立証時期が争われ、知財高裁は、判例(平成3年4月23日 最高裁昭和63年(行ツ)第37号 民集45巻4号538頁 「シェトア事件」)通りに取消訴訟での立証を認めて、審決を取り消したものである。この点、現50条の改正(昭和50年法律第46号)当初は商標権者側、すなわち、被請求人が登録商標の使用を立証できる時期については、審判段階に限られるとして説明されていたが、その後、最高裁において、取消訴訟の事実審(東京高裁)口頭弁論終結時まで可能とする前掲判例が出された。
知財高裁は、この判例を踏襲した。この判例に対しては、審決取消訴訟での審理範囲や新たな証拠提出を制限した最高裁大法廷判例(「メリヤス編機事件」昭和51年3月10日 最高裁昭和42年(行ツ)第28号 民集30巻2号79頁)との関係等で疑問を呈する見解もあるが、「シェトア事件」判例は、不使用取消審判における使用の事実の立証については、射程外と考えているようである(高林 龍「標準特許法」第3版260頁他)。

4. 商標法4条1項10号違反無効審判の審決取消訴訟において、同号の周知性の判断時期を査定時と解釈した知財高裁判決(令和5年12月26日 知財高裁令和5年(行ケ)第10079号 「地球グミ」事件 商標法4条3項)
 4条1項10号の判断時は、本件商標の出願時前と明定されている(商標法4条3項)が、本件判決は、本件出願日において本件商標が4条1項10号に掲げる商標に該当しなかった旨の主張立証はないとして、査定時に該当との判示をしたが、法の適用であり疑問で、違法ではなかろうか。

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