商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

登録原簿等登録事務システム機械化の思い出
漢字プリンターとの出会い、採用

 ある団体のOB会の情報交換会が不定期に開かれている。先日、久しぶりの開催があった。メンバーの中のT社出身のKさんから社史のコピーが渡された。前回、私がJPOの登録原簿の機械化の際、御社の漢字プリンターを採用したと話していた。そうしたら覚えていて頂いて、社史には、T社製造の漢字プリンターが記載されていた。
 帰宅後調べると、私は、庁内の登録事務の機械化プロジェクトチーム(1974(昭和49)年10月設置)に2年程併任して、登録事務の機械化業務に従事した。その中で、記憶に残っているのが漢字プリンターの件である。

 登録事務の機械化 特許庁の事務の機械化は、出願事務については1962(昭和37)年秋研究が開始されて、2年後に電子計算機を導入して、出願の処理状況管理が開始された。登録事務の機械化は、1964年着手されたが、開発に手間取り、登録事務の機械化プロジェクトチームは1974年10月設置され、その後の1977(昭和52)年10月に設定、移転、年金、原簿閲覧、謄本交付の各システムの運用テストが開始されて、1978(昭和53)年4月に機械処理が始まったとある(「工業所有権制度百年史」下巻714頁)。 当時すでに、特許法27条2項や商標法71条2項等が改正されて(昭和39年法律第148号)、特許原簿は、その全部または一部を磁気テープ(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録して置くことができる物を含む。)をもって調製することとされていた。

 漢字プリンターの必要性 私が、プロジェクトチーム員になったころ、Yチーム長(後の電業課長)中心に、コンピューター納入業者H社が開発を担当して、特許原簿の磁気テープ調製、すなわち登録データの蓄積、保存の開発は進んでいたと思う。記録済み磁気テープは3世代バックアップ方式が採用された。
出力方式が問題で、漢字使用が前提とされたが、当時のプリンターではドット方式で、印字された漢字は荒く、画数の多い漢字の印刷は略字的であった。しかも使用可能の漢字数が少なかった。登録原簿は、記録の正確性、保存性及び再生可能性があり、記録の信頼性が必要で、権利者の住所、氏名は特に正確性が要求されて、これに見合う漢字プリンターを探した。

 T社の漢字情報処理システム そこで、探し当てたのが、T社の漢字情報処理システム。開発先の滋賀の琵琶湖近くの工場へ見学に出掛けたことを思い出した。H社の社員を含めて、プロジェクトチーム員が参加した。レーザープリンターで、印刷が鮮明で、しかも漢字のカバー率も大幅に上回っていた。私は、T社は、コンピューター関係は専門外と思っていたが、開発は時代を捉えていた。今回頂いた社史には、TORAY2583,8575(写真参照)とあるが、時期が近く、多分間違いないだろう。そして、原簿閲覧用にはオンラインプリンターを開発して貰い、請求人に即時交付が可能となった。認証付き登録事項記載書類(原簿謄本)の交付も、同様となった。 

 後日、H社の主任担当者から、漢字情報処理システム上のオンラインプリンターは、市町村の戸籍台帳や住民基本台帳の機械化に広がったとお礼を言われたが、”あの時は苦労した甲斐がありましたよ”と受け取った。半世紀も前のことであった。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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