商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

意匠における「先使用権」
令和2年(ワ)第11491号 意匠権侵害差止等請求事件
(令和3年9月15日判決)

■ 事案の概要
本件は、意匠権侵害の訴訟において「先使用権」が認められた事案です。格別新しい判断が示されているものではありませんが、意匠における先使用権の認定事例として紹介します。また、原告は、いわゆる「100円ショップ」の商品を開発する企業です。そのような企業も、意匠権・特許権の取得・権利行使に強い関心を持っていることも知ることができます。
被告の行為は、被告は,株式会社ダイセン(以下「ダイセン」という。)から被告製品(排水口用ゴミ受け)を仕入れ,株式会社キャンドゥに対し,被告製品を販売している、というものです。

■ 先使用権
被告は、先使用権を主張しました。本件の被告製品は、被告自らが開発したものではなく、ダイセンから仕入れた製品です。被告は、被告が販売する製品は、「先使用権」を有するダイセンが製造したものであり、侵害品ではない、と主張しました。
先使用権の主張に際して、被告は、ダイセンによる被告製品の開発経緯を記録した多数の証拠を提出しています。

■ 裁判所の認定
ア 原告意匠の出願日は令和元年8月20日であるところ,上記(2)において判示した被告製品の開発経緯によれば,被告製品を開発・製造して被告に販売したダイセンは,Wuxi社及びCNTA社との間で洗面台用排水口フィルターの新製品の開発を進め,平成31年4月にWuxi社から抜き型図面を受け取り,これに基づき試作品を作成した上で,被告に対して新製品販売の提案を行い,被告製品の意匠は令和元年7月に被告に採用されて,被告製品の製造・販売に至ったものと認められる。

イ ダイセンがWuxi社から受領した上記抜き型図面の構成は,上記(1)イの被告製品の意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様をいずれも備えたものであり,被告製品の意匠と同一又は類似するということができる。
そして,同図面に基づいて作成されたと推認される被告製品の試作品も同様に被告製品の意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様をいずれも備え,被告製品の意匠が被告に採用された後に,ダイセンの担当課長がCNTA社の担当者に送信した電子メールの本文に挿入された試作品の画像も同各態様を備えていたものと認められる。
そうすると,原告意匠と同一又は類似する意匠は,平成31年4月にダイセンがWuxi社から知得し,仮にそうではないとしても,ダイセンが被告と打合せを重ねる中で原告意匠の出願日までの間に創作したものであり,その意匠は平成31年4月から被告製品の意匠の採用時まで,一貫して,上記(1)イの基本的構成態様及び具体的構成態様を備えていたものというべきである。

ウ 意匠法29条は「現に日本国内においてその意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は,その実施又は準備をしている意匠及び事業の目的の範囲内において,その意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権を有する」と規定するところ,上記(2)のとおり,ダイセンは,令和元年8月2日には被告から2万個の被告製品の製造を受注していたことに照らすと,原告意匠の出願日(同月20日)には原告意匠又はこれに類する意匠の実施である事業を開始していたというべきである。加えて,ダイセンが,原告意匠の出願日当時,原告意匠について知っていたことを示す証拠はない。

エ 以上によれば,(中略)意匠法29条に基づき,原告意匠権について通常実施権を有するものというべきである。

■ コメント
1 販売する商品の正当性
「先使用権」というと、自らが創作したものでなければ主張できない、と考えてしまうこともあるのではないでしょうか。本件では、侵害と指摘された製品それ自体が、先使用権を有する者が製造したものであって、被告による販売は侵害行為ではない、という主張です。小売業においては、参考になるのではないでしょうか。

2 開発経緯の保管
この事案で、先使用権が認められた所以は、被告が提出した多数の開発経緯の記録です。意匠法は、登録されるまで出願情報がありません。自らの開発が他社の出願とがバッティングすることは、常に予想していなければなりません。開発経緯を記録し、保管することの重要性を示す判決だと思います。

3 意匠の同一・類似
判決において、意匠の基本的構成態様、具体的構成態様が共通する旨を認定しています。しかし、判決がいうこれらの態様の認定は、原告・被告が主張する各態様よりも緩やかです。意匠法29条が「同一又は類似」と規定している以上、先使用権を主張する者の意匠は、登録意匠と同一又は類似ではければなりません。
類似というためには、具体的構成態様までが共通する必要はないと思いますが、この判決のように、具体的構成態様を緩やかに認定するのであれば、認定においての類否検討が容易になり、先使用権の認定のハードルは下がるのだろうと思います。

4 意匠の特定
原告登録意匠は、以下に示すような図面と、意匠に係る物品の項に記載された「本物品を構成する材質は,水切れのよいスポンジ若しくは脱膜スポンジである。」との文言で特定されています。
登録意匠の表面形状において原被告に争いがありますが、先使用権が認められたことにより、類否論には至っていません。上記のような説明があるとしても(この説明は「意匠の説明」にか書かれるべきと思いますが)、表面の形状は図面に現された鮫肌状のものと理解されるのであり、被告意匠のようなぶつぶつ感のあるものとは異なるように思います。

原告意匠
意匠登録第1651754号

被告意匠

 

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