商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

デザイナー名などの商標登録雑感

■ 朝日新聞6月7日夕刊
「氏名ブランド商標登録 数年前はできたのに/知的財産 国はどう守るつもりか」(後藤洋平)というタイトルの記事が掲載されています。「デザイナーの氏名を冠したブランド名が近年、特許庁の判断で登録できない状況が続いているという記事を少し前に書いた。商標4条1項8号が「他人の氏名」を含む商標を、同姓同名の他人の承諾なしに登録できないと定めているからだ。審査基準は米国や中国、韓国などと比べてもきわめて厳しい。」特許庁では「同姓同名の他人」が存在するか否かを、各地の電話帳「ハローページ」を検索してチェックしている。」とはじまり、「デザイナーの菊池健さんは「約10年前から国内外でコピー商品が出回り、危機感から登録申請したが、頼りにしていた国が守ってくれなかった」と嘆く。」「国は知的財産を大切にする姿勢を打ち出している。ならば、何らかの道を示すべきではないか。」と結ばれています。

■ 特許庁・裁判所
特許庁では、欧文字表記で姓と名の間にスペースがある場合(例えば「yoshio kubo」)は、「欧文字表記の名刺の氏名の記載や,クレジットカードに表示されている氏名の欄には,日本人の氏名の読みが名及び氏の順にローマ字で表記(以下「ローマ字表記」という。)されているように,氏名をローマ字表記することが社会全般において広く行われている。」という理由で,8号に該当するとして登録を認めず(不服2015-15350)、スペースがない場合(例えば「MIYATACHIKA」)は、「日本人の氏名としては,姓と名に相当する部分の区切りが必ずしも明らかではなく,このような欧文字表記により直ちに特定の人物の氏名が特定されるような特段の事情も見いだせない」という理由で、8号には該当しないものとして登録を認めていた(不服2017-13410)。
しかし、知財高裁は、スペースのない「TAKAHIROMIYASHITA The Soloist」についても、「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり,本願商標は「人の氏名」を含む商標であると認められる。」として8号に該当するものと認定した(令和2(行ケ)10006、令和2年7月29日判決)。
ここから、朝日新聞記事が指摘する状況が顕在化している。

■ 人格的利益の保護
8号の趣旨は、「氏名等に関する他人の人格的利益を保護すること」(LEONARD KAMHOUT事件。最高裁平成16年6月8日判決)、「自らの承諾なしにその氏名(略)を商標に使われることがない利益を保護」(国際自由学園事件。最高裁平成17年7月22日判決)などとされています。
しかしながら、8号は登録を認めないというだけの規定であり、商標としての使用を禁止する規定は商標法にありません。「商標に使われることがない利益を保護」という説明は疑問です。民法710条により「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害」に準ずるものとして損害賠償の対象になり得るとしても、たまたま同姓同名の他人が存在するということで対象になることはないでしょう。
他人に自己の氏名に関する人格的利益があると同様、出願人にも同じ権利があるはずです。人格的利益に「商標として使用されない利益」が含まれるならば「商標として使用する利益」も含まれるのではないでしょうか。「使用されない利益」と「使用する利益」。基本的人権同士の衝突です。「使用する利益」に「商標登録を受ける利益」までが含まれるということは難しいかもしれませんが、8号の適用において、両者の利益衡量を考える必要があると思います。

 

特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士
峯 唯夫

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