商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

「新開発商品の名前」と商標、そして普通名称

■ 言葉とモノ
先日、「井上ひさし ベストエッセイ」(ちくま文庫)を読んでいたところ、以下の文に接しました。
「西洋の造語の名人のことは知らないが、暇潰しに講談社の『医科大辞典』を読んでいて、ガブリエッロ・ファビロというイタリアの解剖学者に遭着した。(略)ファビロ先生は十六世紀最大の解剖学者で、とくに「女性生殖器官の解剖において優れた成果をあげた」そうである。例えば卵管を発見した。そして卵管を「ファビロ管」と名付けた。」(略)「そのぼんやりとしたものは名付けられてはじめてはっきり存在することになる。海鼠(なまこ)のようにつかみにくいものが名付けられてはじめて見えてくる。」
「卵管を発見」したのだから、当時「卵管(「卵管」に対応するイタリア語)」という「名前」はなかったはず。発見した「つかみにくいもの(卵管)」は「ファビロ管」という名前を付けられて、はじめて人に説明できるモノとして「解剖学での存在」になったということです。

■ 商標と普通名称
これを商品・商標の世界に当てはめると、「世の中に存在しなかった商品(商品のジャンルとして)」、これは「海鼠のようにつかみにくいもの」であり、「名付けられてはじめて見えてくる」ものです。「世の中に存在しなかった商品」はどのようにして「名付け」られるのか。世の中に存在しなかった商品なので「普通名称」はない。
多くの場合、その商品を売ろうとする人が、「売るための名前」として「名付ける」のでしょう。それは「商標」です。
商標は、商品やサービス(以下「商品等」といいます。)の名前です。名付けられた商品等が既存の商品等の枠に収まるものであれば、その商品等の「普通名称」が既に存在するので、「商標」が普通名称になることは考えにくいことです。
しかし、既存の商品等の枠を越えた「世の中に存在しなかった商品」を開発して「商標」を付けて販売する場合は、事情が異なります。
「卵管を発見した。そして卵管を「ファビロ管」と名付けた。」であり「そのぼんやりとしたものは名付けられてはじめてはっきり存在することになる。海鼠(なまこ)のようにつかみにくいものが名付けられてはじめて見えてくる。」ということになります。

■ 存在しなかったモノ
既存の商品等の枠に収まらない「存在しなかった商品等」を開発したとき、それに「商標」を付けると(「ファビロ管」と名付ける)、その「商標」によって「ぼんやりしたものがはっきり存在する」ことになります。すなわち、「商標」によって「存在しなかった商品等」が認識されることになります。
それでどうなるか、といえば、「新しい商品等」を呼ぶときに「商標」で呼ぶ以外に呼び方がない、ということになるのです。「ファビロ管」は商品等の名前ではないので、普通名称になってもファビロさんは困りません。しかし、「商標」として使うための名前として付けたのであれば、名付けた人は困ります。商標が商標として機能しなくなります。
例えば、ヤマトホールディングスが提供した宅配便。個人を相手にした集荷配達サービスを開発し「宅急便」と名付けました。既存のサービスに収まらないものです。その後数社が参入しましたが、一時「普通名称」のように思われていた時期がありました。このサービスの普通名称は「宅配便」となっているようですが、今でもそれらを含めて「宅急便」と呼んでいる人もいるようです。
普通名称化しそうになった商品等は多々あります。
いずれも、既存の枠に収まらない商品等です。商品等の提供開始の際に「普通名称」を考えていなかったのだと思います。
「プリクラ」(写真のプリントなど)はセガゲームスアトラスの登録商標。
「タバスコ」(調味料など)はマツキルヘニ- カンパニ-の登録商標。
「エレクトーン」(楽器)はヤマハ株式会社の登録商標
「プラモデル」は、プラモデルメーカーのマルサン商事名義で登録されたが、現在は日本プラモデル工業協同組合が権利者となっています。

■ どうしたらよいか
既存の枠に収まらない商品等は、これからどんどん開発されるでしょう。そして、「商標」を付けなければ売れません。その「商標」を普通名称にしないために、どうすべきか。
答えは簡単です。
「商標」を考えるときに「普通名称」も考えればよいのです。そして、「商標」に「(登録)商標であることを明記する。
「味の素」は後出しで「化学調味料」そして「うまみ調味料」という「普通名称」を用意しましたが、これを発売時に行うのです。筆者は、既存の枠に収まらない商品を開発した方に、「(登録)商標)である旨の表示」と共に、カタログ自分で考えた「普通名称」の表示するように指導しています。

 

特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士
峯 唯夫

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