商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

時代と知的財産

大正時代の有名な判決

 法学部で学んだ人は、民法の初期の段階で「桃中軒雲右衛門事件」(大審院大正3年7月4日判決)と「大学湯事件」(大審院大正14年11月28日判決)とを学んだことと思います。峯は民法総則という一年時配当の授業で聞きました。この授業はろくに出ていなかったので、他に記憶に残るのは「信玄公旗掛松事件」(大審院大正8年3月3日)くらいですね。この事件は、蒸気機関車の煙が「信玄公旗掛松」を枯れ死させたことについて、鉄道事業者である国の違法性(民法709条)が問われた事件であり、鉄道ファンとして記憶に残った事件でした。国の敗訴です。
 さて、「桃中軒雲右衛門事件」は著作権、「大学湯事件」は商標の事件であり、共に知的財産権を巡る事件であった、と弁理士になってから気づいた次第。

桃中軒雲右衛門事件と著作権

 桃中軒雲右衛門事件は、桃中軒雲右衛門の浪曲をレコードにして販売した者に対する著作権侵害事件です。この事件で大審院は,浪曲のような「低級音楽」には著作権はなく, 浪曲は権利として保護されない」として請求を棄却しました。音楽に「高級」「低級」というランクがつけられたのですね。
 この判決、今から見ると笑ってしまいますが、インダストリアルデザインが著作物か、という議論を考えると、笑って済むものではないように思えます。
 「Trip Trap事件」判決を契機に、インダストリアルデザインの著作権保護が現実の問題としてクローズアップされています。しかし、この判決後も従前の立場に立つ判決が出ており、決してインダストリアルデザインの著作権保護のハードルが下がったとは言えない状況にあります。
 峯は、インダストリアルデザインを著作権で保護することについて、諸手を挙げて賛成する立場ではありません。理由は「著作権法」が、インダストリアルデザインの保護を受け入れるように設計されていないからです。
 しかし、従前の判決で言われている「純粋美術と同視」というハードルは、インダストリアルデザインを「美術」と認めつつも「低級美術」と位置づけているような気がしなくもありません。「芸術家は美術館を目指す。デザイナーはスーパーマーケットを目指す。」というイタリアのデザイナー、ブラーノ・ムラーニの言葉に象徴されるように、「高級」「低級」ではなく、目指すところが違うのです。浪曲も同じですね。

大学湯事件と民法709条

 これは「大学湯」という名称(標章)の使用権限の譲渡を巡る争いであって、「大学湯」という名称の使用が民法709条の「権利」に当たるかが争点になったものです。「大学湯」という標章は、商標登録されていませんでしたが、保護される価値があると判断されました。この判決で、民法709条の権利侵害要件は、法律により具体的な権利として認められたものだけでなく,法律上保護される利益の侵害でもよいということになり、現行の709条に引き継がれています。

新しい権利の保護

 大学湯事件に見られるように、新しい「権利」の保護は、民法709条(不法行為)から始まります。不正競争防止法は709条の特別法と理解できます。そして、「商品等表示」という側面で、商標法は不正競争防止法の特別法ということもできそうです。
 この観点で「新しい商標」を見ると、過剰保護ではないか、と思わざるを得ません。新しい商標で裁判になっているのは「色彩」程度であり、裁判所は「色彩枯渇論」のもと、その保護にはきわめて消極的です。外国とのおつきあい、と理解しています。

特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士
峯 唯夫

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