商標・知財コラム:首都大学東京法科大学院元教授・講師 元弁理士 工藤 莞司 先生

四季の山歩き里歩き紀行・初秋編
都内練馬石神井公園に城跡を訪ねる

練馬石神井川から公園へ

西武池袋線練馬高野台駅に降りると直ぐ石神井川が見付かり、右岸を行く。流れは清流とはいかないがまずまずのよう。長光寺公園から団地の間を過ぎ、山下橋で川を離れ左折した先が石神井公園入口であった。
細長い石神井池に沿い巡る。周囲にはメタセコイヤや他の樹木が多く繁り、未だ初秋で緑一色の樹木が池端を覆い清々しい。道路を渡って三宝池。こちらは小さく狭い。殿塚、姫塚を探すと、見付かった。

落城悲話と史実

石神井城落城伝説から城主とその姫を弔った塚だが、大正時代のものらしい。落城悲話は有名である。城主豊嶋泰経は、1447年、江戸城主太田道潅に攻められて敗れ、家宝の黄金の鞍を着けた白馬にまたがり三宝池に身を沈め、その長女照姫も後を追って入水したという(「歴史と旅」昭和59年12月147頁)。その後天気の良い日には、黄金の鞍が池の底に光って見えたと伝えられる(人物往来社「日本城郭大系」東京都266頁)。泰経は平塚城(現北区)を経て、小机城跡(現横浜市)へ逃れたというのが史実とされている。池へ戻り、左回りに歩き城跡へ。直ぐ見付かり、碑の裏が主郭で、土塁や濠跡が遺るが、都指定史跡で金網に仕切られ、遺構には近付けない。

再び石神井川から武蔵関公園へ

隣の氷川神社へ。静かな境内へ入り参拝し表参道を出て、また石神井川を探すと大掛かりな河川工事中で迂回し一度は川を失ってしまったが、また川沿いとなる。暫く歩くと、西武新宿線踏切があり渡って、右の武蔵関公園へ。こちらも中心にある富士見池を雑木林が囲み、武蔵野の面影を残しているようだ。池を半周し、石神井川の源泉かなと思ったが、川は上流へ更に続く。西武武蔵関駅へ出た。

2015/9/23歩く

首都大学東京法科大学院元教授・講師 元弁理士
工藤 莞司

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工藤 莞司 先生
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