商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

権利不要求制度と現行法下の実務
=登録商標の観察と権利不要求制度の関わり=

 権利不要求制度の概要 権利不要求制度は、わが国では旧商標法(大正10年法律第99号)時代に存在したが、現行法では廃止されたものである。外国ではディスクレーム制度として、多くの国で存在している。その後、審議会や関係団体で検討されている。最近でも、弁理士会で研究テーマとして取り上げ、報告書が公開された(「ディスクレーム(権利不要求制度)制度」中村仁弁理士 パテント2020別冊No.15 145頁以下)。
 商標構成中の一部に識別力がない部分がある場合、出願人がその部分については権利不要求を申し出て登録を受け、商標権の効力が及ばないことを、原簿や公報で明らかにするものである。先願主義や登録主義に馴染むとされる。前掲報告は制度採用を提言している。

 同種手法要部観察 権利不要求制度と関係するのは、結合商標の類否判断における要部観察だろう。旧商標法2条2項の「要部と認められるおそれのある部分」の文言の解釈の困難性が廃止理由の一つとされたが、これは現在でも変わりはない。それは審決取消訴訟でも侵害訴訟でも、結合商標の類否判断において、要部の抽出、認定や識別力の無い非要部を巡って争われる。出願人や商標権者側は採択の意図や使用の意図等の主観的事情迄を主張し、観察主体が取引者・需要者であることを忘れた感さえある。
先に本欄で紹介した「マタニティベルト事件」(平成30年7月19日 大阪地裁平成29年(ワ)第9989号)や「TeaCoffee事件」(平成31年3月14日 大阪地裁平成30年(ワ)第4954号)でも、非要部とされた「マタニティベルト」や「TeaCoffee」部分について、商標権を行使した事例である。

 実務家の役割 前者の指定商品は「妊婦用ベルト、妊婦用の腰保護ベルト等」、後者の指定商品は「茶入りコーヒー 等」である。前者は4条1項16号の拒絶理由を受け補正したとある。権利不要求制度がなくとも、指定商品から一見してわかり易い識別力のない部分である。法的にも、商標法26条1項柱書括弧書きで手当されている。権利行使の際、出願書類で拒絶理由通知、補正書の調査は必須である。商標法専門実務家とっては当然の事前検討事項である。

 権利不要求制度下では、権利範囲を登録時に固定するが、その後100年も使用される登録商標も存在する。現在でも、商標の観察においては、登録商標の構成、指定商品・役務との関係、4条1項16号等の拒絶理由通知、補正書の有無及び要部の抽出、認定について精査し、そして商標法26条から商標権の効力範囲を確かめることは実務家の守備範囲である。法的にも、当該事案の判断時に応じて個別具体的に判断でき、権利不要求制度の大半をカバーすることは可能と思う。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

メルマガ登録
工藤 莞司 先生
工藤 莞司 先生
バックナンバー
ページTOPへ