商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

結合商標の類否判断と判例の引用
=分離観察、要部観察と取引の経験則=

 先般、結合商標の類否判断に係る裁判例(「ホームズくん事件」令和3年2月22日 知財高裁令和2年(行ケ)第10088号)を読んで、関係する最高裁判例をすべて引用している知財高裁裁判例に出会い、その是非について考慮してみた。審決取消訴訟についてである。

 大分前だが、以下のように書いたことがある(拙稿「新・商標の類似に関する裁判例と最高裁判例」渋谷達紀教授追悼記念論文集2016年345頁)。
 商標法4条1項11号に係る商標の類否判断の際に殆ど例外なく引用されるのが、「氷山印事件」判例(最高裁昭和39年(行ツ)第110号 昭和43年2月27日 民集22巻2号399頁)である。その上に、結合商標である場合には、「リラ宝塚事件」判例(最高裁昭和37年(オ)第953号 昭和38年12月5日 民集17巻12号1621頁)及び「セイコーアイ事件」判例(最高裁平成3年(行ツ)第103号 平成5年9月10日 民集47巻7号5009頁)であり、最近は、「つつみのおひなっこや事件」(最高裁平成19年(行ヒ)第223号 平成20年9月8日 裁判集民事228号561頁)判例も加わる。

 本件ホームズくん事件事案では、結合商標である引用商標(下図参照)に付き分離観察の是非が争われて、知財高裁も、審決同様、分離観察をして、本願商標と引用商標は類似と判断したものである。知財高裁は商標の類似に関する前掲各最高裁判例をすべて引用したが、本件判決文自体からは各判例の直接の影響は窺われない。
 私見では、引用商標の分離観察については、取引の経験則(経験から帰納された事物に関する知識や法則(有斐閣「法律学小辞典」4版268頁))に沿ったものでもある。引用商標に接した取引者・需要者は、出所表示機能があり、記憶に残る「ホームズ君」をもって、次の取引に当たることは明らかと思われる。すなわち、取引において、引用商標使用の商品・役務を特定、指称するときは、「ホームズ君」の部分をもってして可能ということで、引用商標の要部となる。

 前掲「リラ宝塚事件」判例でも、「簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、各構成 部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必らずしもその構成部分全体の名称によって称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによって簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところである(昭和36年6月23日第二小法廷判決、民集15巻六6号1689頁参照)。」と判示している。
 一時期、前掲各判例の影響からか分離観察や要部観察を否定する裁判例が続き混乱して、現在も尾を引いているが、本件事案の類似判断は、適正な分離観察、要部認定で、経験則に沿ったものである。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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