商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

商標登録100年後に無効審判が請求された事例
=「キューピー商標事件」(令和2年12月9日 知財高裁令和2年(行ケ)第10028号)=

 先般、知財高裁裁判例を見て驚いた。約100年前の商標登録に対する無効不成立審決の取消訴訟であったからである。現行商標法(昭和34年法律第127号)も施行後60年経過しているが、その前施行されていた旧商標法(大正10年法律第99号)事案であった。
 本件商標権 無効審判の対象とされた商標権の存続経過は次の通りである。
 旧商標法施行時、大正11年4月1日登録出願、同年10月27日登録第147269号商標(下図参照)として登録。指定商品41類「醤油、ソース、ケツヤツプ、酢類一切」
 その後、本件商標権は、大正14年5月4日本権の登録回復がされた後、昭和17年10月13日・・・及び平成24年8月14日に存続期間の更新登録。
 その間の平成15年11月26日、指定商品を30類 「ウースターソース、グレービーソース、ケチャップソース、しょうゆ、 食酢、酢の素、ドレッシング、ホワイトソース、マヨネーズソース」に書換登録を経ている。
 無効理由 旧商標法「第2条 左ニ掲クル商標ニ付テハ之ヲ登録セス (略) 四 秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ (略) 十一 商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」 経過措置で、旧商標法下登録についても、現行法施行後も無効審判請求可能とされている(商標法施行法(昭和34年法律128号)10条)。旧商標法でも、無効理由については、登録後5年の除斥期間はあったが、前掲各理由(現4条1項7号、15・16号相当)についてはないとされていた(旧商標法23条)。
 特許庁、無効2017-890064事件として審理 令和2年1月21日不成立審決

 100年後も請求可能な審判制度への疑問点等 旧商標法下登録に対する無効審判については、無効理由によっては、現在でも新たに無効審判請求が可能と分かった。本件判決冒頭に関係法令の定めとして引用してあるが、法令集を引っ張り出し、久しぶりに旧商標法等や商標法施行法を読んだ。
 このように法律上は、登録の100年後も、理由によっては問題なく無効審判請求は可能なのだが、合理性に疑いを持つ。すなわち、本件でも、約100年(西暦1922年登録)の間に、当該商標は使用されて信用が蓄積されていると考えられる。被告は商号として採択して久しい。それ故7度もの更新手続が繰り替えされている。そして、仮に登録無効の審決が確定した時は、遡及して商標権が消滅するのは旧法時代も同じである(旧商標法24条準用旧特許法58条1項)。100年間の実績がゼロ乃至はマイナスにもなる。商標権者の損害は計り知れないかもしれない。
 また、無効審判請求の手続においても、無効理由の判断時点は出願時又は登録時(「注解商標法」初版254頁参照」)であり、関係事実を示す証拠の収集が至難であることは明らかであろう。そして、審判官の心証形成も同様であろう。本件では、大正中期ごろの資料が提出されているが。
 こうみると、更新のある商標権については、無効審判請求の除斥期間の存在は重要と分かる。また利害関係の必要性もポイントとなる。本件無効審判においては、前掲無効理由のいずれも理由なしとされ、知財高裁でも、支持されている。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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