商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

「保土ヶ谷化学社標事件」判例について
=別冊ジュリスト判例百選2版登載判例へ=

 先般、別冊ジュリスト「商標・意匠・不正競争判例百選2版」(2020年7月刊)が出されたと知り、ようやく購入できた。早速捲って、驚いた。「保土ヶ谷化学社標事件」判例(最高裁昭和47年(行ツ)第33号 昭和49年4月25日 審決取消訴訟判決集昭和49年443頁 以下「本判例」という。)が、登載されて、解説されているからである(別冊ジュリスト判例百選2版42頁)。この最高裁判例は、裁判所関係の判例集には未登載で、判決文自体はもとより、判例として文献リストに引用されることは稀であったと思う。

 しかし、その判示内容は重要で、意義があるものである。商標の類似判断については、「氷山印事件」(最高裁昭和39年(行ツ)第110号 昭和43年2月27日 民事判例集22巻2号399頁)があり、現在も、知財高裁裁判例では、例外なく引用されて類似判断を左右している。氷山印事件判例は、出所の混同の虞の判断については、「指定商品の具体的な取引の実情に基づく」としている処、本判例は、その直後に、『商標の類否判断に当たり考慮することのできる取引の実情とは、その指定商品全般についての一般的、恒常的なそれを指すものであつて、単に該商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的、限定的なそれを指すものではないことは明らかであり、所論引用の判例(引用者注「氷山印事件」)も、これを前提とするものと解される。』と最高裁が氷山印事件判例の解釈を判示したものである。
 氷山印事件判例に係る取引の実情については、その後の裁判例においては、指定商品の一部に係る個別、具体的な取引の実情をも含むが如き解釈、運用が続き、商標の類似判断に混乱をもたらしたとも言えよう(拙稿「新・商標の類似に関する裁判例と最高裁判例 」渋谷達紀教授追悼論文集350頁以下参照)。
 しかしその一方で、裁判所側も、本判例の存在に気付き、取引の実情は指定商品全般の一般的、恒常的なものを前提とした判断も散見されるようになった。最高裁の裁判例検索では、「越後塩沢同人会事件」(東京高裁平成13年(行ケ)第518号 平成14年9月30日)が最初にヒットする。

 私は、その前に本判例の存在を知り、登録主義下の商標の類似判断では、当然との立場から、拙著「商標審査基準の解説」(初版120頁 平成3年8月刊・発明協会)以来、そっちこっちで紹介し、引用している。
 この度、判例集に登載され解説されて、研究の対象となることは遅すぎたが、意義あることである。本判例と同旨が商標審査基準にも明記されて(同基準4条1項11号1.(1))、実務上の指針ともなる。なお、判例集未登載とあるが、「審決取消訴訟判決集昭和49年版」に登載されていることは、前掲のとおりである。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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工藤 莞司 先生
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