商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

郷土の地酒商標「倭志良夛か/白鷹」事件
=判例集登載事件と知る=

 先日帰郷の折、蕎麦店を営む同級生に地酒を戴いた。晩酌しながら、隣町(現山形県村山市)の地酒「志良夛か/白鷹」を思い出した。私は、飲んだことはないが、商標事件として記憶に残っている。当時、全国紙山形地方版のコラム欄を読んだのを覚えている。隣町の地酒業者の清酒「白鷹」(シラタカ)について、昔の酒樽や徳利を裁判所へ出して認めて貰ったとの内容で、それらの写真があったと思う。昭和32年の以下の事件と分かった。

 事件の概要 地酒業者は「倭志良夛か/白鷹」を使用していた処、灘の業者の登録商標「白鷹」との間で、商標権侵害刑事事件となったが、裁判所・山形地裁は、両商標は類似するが、前者の地酒業者には先使用権があるとして、不成立の判決を下した。地酒業者は「倭志良夛か」については商標登録(右図参照 第106720号で現在も存続し、明治32年10月9日第13395号の更新登録)を受けていたが、裁判所は類似範囲の使用は正当な権利行使ではないとした(山形地裁昭和32年10月10日判決 判例時報133号26頁)。本事件地酒業者は、近隣業者と経営を統合して、現在も地酒の醸造を継続している。

 判例集登載と研究対象事件 その後私は、商標の審査、審判に携わるに至り、先の事件が商標権侵害刑事事件として、判例集に登載されて、商標法の解釈においても、研究の対象になっていると知った。
 その一つが、先使用権の周知範囲の基準裁判例とされていることである。周知の地域的範囲については、4条1項10号と32条は同一とする説と、後者は前者よりは狭くても良いとする渋谷説があり、後者の説を最初に唱えた故渋谷達紀教授が、本事件裁判例をその根拠としている。
 もう一つは、商標権の効力の禁止権は登録商標の同一と類似範囲に及ぶが使用権は同一範囲に限ることについては、現在では異論はないが、旧商標法(大正10年法)下では、類似範囲にも使用権があるとの有力な解釈があった(三宅発士郎「日本商標法」226頁)。そして、本事件の裁判でも争点となり、山形地裁は、旧商標法においても、被告人側の主張を見事に否定している。法の規定振りに加え、類似範囲についても使用権を認めるには、審査において、類似範囲のさらに類似範囲についても審査が必要だが、商標法上そうはなってないと指摘している。

 拙稿等で引用 前掲先使用権の解釈基準については、私は無謀にも、恩師渋谷教授引用の本件裁判例は渋谷説の根拠としては適切ではないと書いた(拙稿「商標法32条1項に規定する周知性の範囲について」松田治躬先生古稀記念論文集430頁)。
 また、前掲類似範囲の使用権の否定には、賛成の立場から、拙著に本件裁判例を引用している(拙著「商標法の解説と裁判例」238頁)。
 現在では、実務家OBとして、未だ商標に囲まれているが、初めて知った商標の文字は、本件事件の地方版記事であった。あれから約60年経たが、商標法には、未だお世話になり、地酒で癒されながらも、時々は頭を悩ましている。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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