商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

最高裁判決の拘束力

 判決には拘束力があり、後の紛争解決の基準となる法準則をratio decidendiといい、後の紛争で判断の基準とはならないものの、内容によっては後の事件で引用されるような部分を傍論(obiter dictum)ということは、法律を学んだ方であれば一度は耳にされたことがあろう。紛争解決の予測可能性の観点からは、ratio decidendiが重要となることはいうまでもないが、最高裁判決ともなれば、傍論のobiter dictumであっても後の紛争を判断する下級審にとって無視しがたいことは十分理解できる。

 以下は、日本の民間放送局が報道番組の中で、未承認国北朝鮮の国民が製作した映画の一部を報道番組中で利用した行為が、映画の著作物の公衆送信権を侵害するとして、著作権侵害及び不法行為による損害賠償が請求された事件での、最高裁判決の傍論というべき判旨部分である。

 「ある著作物が(わが国の著作権法による保護を受ける著作物を定めた[筆者挿入])著作権法6条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最判平成23年12月8日平成21年(オ)第510号)」。

 この最高裁判決以前は、平成3年の東京高裁の木目化粧紙事件判決に代表されるように、著作物性が否定され、著作権侵害を理由とする請求がたとえ否定されても、民法不法行為による救済の余地はあった。しかし、上記最高裁判決以降、著作物性が否定された場合、不法行為に基づく請求はことごとく退けられている。また、どういうわけか不正競争を理由に請求した事案についても、著作物性が否定された場合、次の知財高裁判決が述べるように、不法行為を理由とする請求も退けられている。

 「特許法、意匠法、商標法、著作権法又は不正競争防止法により保護されていない形状、構造、デザイン等を利用する行為は、上記の各法律が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害したり、自由競争の範囲を逸脱し原告に損害を与えることを目的として行われたりするなどの特段の事情が存在しない限り、違法と評価されるものではないと解するのが相当である(知財高判平成30年6月20日:平成28年(ワ)第19080号)」。

 わが国も加盟するパリ条約10条の2(2)では、「工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為は、不正競争行為を構成する」と定めるものの、わが国では、不正競争は限定列挙主義が採用されている。デジタルネットワーク技術の登場など新たな市場やそれに伴う取引行為が不断に生まれることは、同時に不正と評価されるべき行為も同様に生まれ得る。公正な慣習に反すると評価される競争行為を追加列挙するまでには、必然的にタイムラグを伴う。その間、民法不法行為による経過的な対応が必要と考えるのが合理的なのではないか。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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