商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

不正商品の個人輸入

 令和3年5月、特許法等の一部を改正する法律が公布され、商標法と意匠法の基本的な概念である商標についての使用と意匠の実施としての輸入の概念が拡張された。背景には、ウイズ・コロナ、ポスト・コロナの時代にあって、国際郵便による不正商品の個人輸入の増加の実態があるとされている。

 具体的には、商標についての輸入には「外国にある者が外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為が含まれる」とし、意匠の輸入についても同様の規定が盛り込まれている。「他人をして持ち込ませる」のであるから、輸入の行為主体として、そこでは不正商品の送り主が想定されていよう。刑法でいう間接正犯理論、著作権法で知られているカラオケ法理あるいは手足理論を想到される向きも多かろう。これらの理論は、いずれも物理的に行われる行為を規範的な観点から行為主体を捉え直す法理として共通する。

 カラオケ法理は、その名の通り、スナックなどに設置されているカラオケ装置で歌唱する客による演奏歌唱行為の主体を、歌唱する客ではなく、カラオケ装置を備え置き営業しているスナック営業者であるとする判例法理である。理由は、客の歌唱も営業者が備え置いた楽曲の範囲内であることのほかに、今では考えられないが、かつてはカラオケ装置の操作が難しく店の従業員らによる操作がほぼ必須であったことなどから、客の演奏歌唱に対する営業主の管理支配性と、店舗内の雰囲気の醸成等を通じ客の来集を図ることで営業上の利益の帰属が営業主にある、とすることにある。

 個人輸入に、この管理支配性と営業上の利益の帰属があるのかは疑問がある。個人輸入者は、1つのサイトの中から購入する不正商品を選択しているわけではなく、あまたあるネット上のサイトの中から求める不正商品を選択しているのであるから管理支配性は認めがたいし、当該不正商品を転売するわけではなく、個人使用・消費するのであるから営業上の利益の帰属もない。転売するのであれば、それは1個の不正商品の輸入であっても、「業として」の商標あるいは意匠の実施となり、以前から税関庁による認定手続の対象である。

 今回の法改正は、個人輸入だけを対象とし、旅行者の携行品に含まれる不正商品にまでは及ばないことは、立法趣旨・目的からも明確に読み取れる。国際的な合意である、TRIPSでは、小型貨物で送られる少量の非商業的な性質の物品だけでなく、旅行者の手荷物に含まれるものについても、税関庁による水際規制の対象から除外できることになっている。もっとも、加盟国は適用除外にできるだけであって、しないことも無論可能ではあるので、個人輸入だけを対象とすることは、かかる国際合意に反するものではない。

 個人輸入の目的は国内での個人使用・消費にあるが、旅行者の携行品に含まれる不正商品の個人使用・消費は許され、個人輸入では禁止されるという帰結は、国境を越える移動が制限されるコロナ禍の時代はともかく、ポスト・コロナ時代にも求められているのかどうかは甚だ疑問である。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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