商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

他人の名声の利用

 他の事業者の名声を自己の営業に利用する行為は、混同や誤認を惹起しない場合、不正競争とはならないだろうか?フリーライドが問題とされる場合、しばしば、このこととの関係が生じる。

 現行不正競争防止法には、不正競争が2条1項1号から22号までに規定されているが、正面からこの行為を不正競争とする規定はない。もっとも、2号は「著名表示冒用行為」(通商産業省知的財産政策室監修「逐条解説不正競争防止法」32頁は、この語を2号の見出しとしている)を不正競争としているが、名声の利用を不正競争としているわけではない。平成2年当時の立法趣旨は、混同を認定できないような事案についてまでも広義の混同のおそれを認定していたこともあり、解釈論の限界を超えているとの批判が強かったところから、こうした無理を裁判所に求めることなく、著名表示の財産的価値を保護する不正競争が必要とされた。「自己の商品等表示として」という要件はこの経緯を物語っている。

 この不正競争によって、著名表示とそれを使用してきた事業者との結びつきを薄める、希釈化(ダイリューション)行為を止めることができるという指摘もあるが、それならそうした財産的価値ないしはその毀損を2号に不正競争の要件として明確にしておくことが必要であり、著名な商品等表示を使用することだけをもって不正競争とするというのは些か乱暴に過ぎる。当時の立案者は、2号の解説本の見出しに「冒用」という国語辞典や漢和辞典にもない語を使用し、「冒瀆」が持つ、神聖・荘厳なものを犯し、汚す悪性を持たせようとしているのであろうが、それならば、2号の規定中の「使用」に変えて「冒用」を用いておくべきである。

 不正競争には、時代や競争秩序の如何に関係なく、その行為自体が不正競争とされる行為がある。昭和9年当時から不正競争とされている、商品表示を使用した商品の出所混同惹起行為、商品原産地等誤認惹起行為及び営業誹謗行為は、まさに行為それ自体に悪性があり、時代や競争秩序の如何に関係なく常に不正競争とされるべき行為といえよう。営業秘密の盗取も本来的にはそうした不正競争に属する。

 これに対して、最近不正競争となった限定提供データに関する不正競争等は、時代の発展に伴う不正競争ということができよう。また、3号の商品形態模倣行為や、冒頭にあげた事業者の名声を利用する行為も、わが国の市場秩序の成熟に伴い不正競争となり、問題となってきた行為に他ならない。

 我が国の不正競争防止法が採用する限定列挙主義は、時代の発展だけでなく、競争秩序の進展に伴い不正競争とされる行為に適宜に対応することが前提である。要件の明確化を含め適宜に立法上対応ができないのであれば、競争秩序に反する行為を不正競争とする一般条項を設け、判例に委ねることを考えなければならない。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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