商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

商標の剥奪と商標権侵害

 今年の本コラムでは,筆者の立場である商標マルチ機能論をベースにいくつかの問題を論じてみたい。その手始めに商標の剥奪行為を取り上げる。

 商標権の効力は,登録商標を指定商品・役務に排他的に使用することを内容とする。ここでいう使用については法2条3項1号ないし10号に列挙されていて,この列挙は限定的なものであることもほぼ了解されている。したがって,商標を剥奪する行為は,列挙されているものではないので,商標権の侵害とはならないはずではある。ところが,平成2年のマグアンプ事件の大阪地裁判決では,傍論ながら,商標の出所表示機能及び品質保証機能等の機能を中途で抹殺することになるから,商標権の侵害を構成するものといわざるを得ない,と断じている。「出所表示機能及び品質保証機能等」といっているように,この判決は商標的使用論にたつのではなく,商標マルチ機能論にたっているのである。もっとも,本件は,化学肥料22キログラム入りの大袋を並行輸入した後,小袋に分けて販売する際に,商品の内容表示のために「マグアンプK」なる登録商標と同一の文字列を使用したことが権利侵害とされたものであり,その結論には疑問が残る。商品内容を表示する行為を禁止する結果は市場の透明性を損ない,かつ真正商品の並行輸入は自由であるがその宣伝広告行為はできないことにつながるからである。

 近時欧州でも,日本の自動車メーカMitsubishiの商標の剥奪が問題になっている。商標Mitsubishiと図形三菱は欧州商標登録及びベネルックス登録商標でもあるところ,同社製のフォークリフトには当然に付されていた。被告企業は,このフォークリフトを欧州経済圏(EEA)外で購入し,これをEEA内に輸入し,通関手続きにまわすとともに,先の2つのMitubishi商標を剥奪し,EUの技術基準に合うよう技術的加工を加え,被告自身の商標を付してEEA内で販売したものである。この事案の核心的な問題は域内商標権侵害が問われながら,フォークリフトがEEA内に輸入され,これが販売されたとき,登録商標と同一又は類似の標識は付されていなかったことにある。

 この事案において,欧州裁判所は商標権侵害の根拠を商標的使用論に求めることをしないで,商標マルチ機能論に求めている。欧州法は日本と異なり,特に(in particular)以下の行為(ほぼ日本の2条3項所定の行為)が禁じられるとして,使用行為を限定していない。その欧州法の下で,同裁判所は,Mitsubishi商標を剥奪して新しい標識を付する行為は商標の主要な機能と,投資機能及び宣伝広告機能を侵害すると説示している。

 商標使用論からは、Mitsubishi商標の剥奪行為を商標の使用ととらえることには無理があろう。加えて、一般条項を欠くわが国の不正競争防止法の下では、不正競争と理解することも困難である。Mitsubishi商標の本来的機能である出所表示機能が毀損されていることは明らかであるにもかかわらず、である。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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