商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

”COMPARER C’EST COMPRENDRE”

 タイトルは学生時代,フランス法外書講読の講義で教わった法諺。ものごとは一つの方向からみているだけではなかなか理解が進まない、別の方向から比べてみることも必要ということからも同じ接頭語を持っているとのこと。ドイツ語でも,比較するというvergleichenと理解するというverstehenも,確かに同じ接頭語を持っている。
 日本で最初の商標制度である明治17年商標條例が範とした,1874年ドイツ商標保護法は,「ある商品に関し出願された標識を商品又は包装に付し又はこのようにして標識を付された商品を流通におく権利」と定める。この構成は商標條例でも変わらない。現代風にいえば、専用権によって商標権が構成されていること分かる。
 両制度の構成から、当時の市場の秩序ないし成熟度の共通性が伺えよう。それから約1世紀半が経過した今日、商標権の効力範囲は2つの制度の間でどうなったか。
 欧州はこの間欧州経済共同体を設立し、市場における商品とサービスの自由な流通を確保するために必要な商標制度をハーモナイズするべく努めた。1988年の第1指令に始まり、2008年と2015年の指令によりハーモナイズする範囲を拡大してきた。商品役務に付される商標制度が国によって異なれば、ある国では適法だが他の国では商標権侵害になっては、商品役務の流通を阻害する結果となる。
 ドイツ商標権の効力は、登録商標の指定商品役務と登録商標と被疑侵害者の商品役務と使用する標識とが一致するいわゆる二重同一の類型はもちろん、いわゆる登録商標の指定商品役務と登録商標と、被疑侵害者の商品役務と使用する標識が類似する結果混同を生ずる類型にも及ぶほか、著名商標には非類似の商品役務にも商標権の効力を認める特別保護がある。
 他方、日本法では、二重同一の類型だけが専用権として商標権の効力範囲に含まれる。類似の結果混同を生ずる類型は、みなし侵害と規定されたに過ぎない。著名商標の特別保護はない。アジアの東端で、商標権の効力を19世紀末のプロトタイプのまま維持していることが分かる。まさにガラパゴス状態である。
 ところが、みなし侵害であっても、被疑侵害者に対する差止請求や損害賠償請求等は専用権侵害の場合と変わらず認められるので、彼此の制度の違いは立法技術の問題に過ぎないと開き直る見解も聞く。しかし、これは誤っている。ドイツ法の下であれば、例えば化粧品を指定商品として著名になった商標を香水についてライセンスをする場合,商標権の効力として行うことができるが、わが国の場合には債権契約としてでしかできない。この結果、ライセンス違反物品が第三者の手に渡っている場合、ドイツ法の下では商標権侵害物品であることを理由に第三者に違反物品の廃棄請求等ができるが、わが国の下ではどうにもならないという明確な違いが生ずるのである。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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