商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

私的複製と補償金制度

 「著作者の正当な利益を不当に害しない」ことは、「著作物の通常の利用を妨げない」ことと「特別の場合」であることに並ぶ著作権の制限において考慮されるスリーステップ・テストの1条件である。

 デジタル・ネットワーク技術の登場により、著作物の範囲が広がりかつこれを利用する領域が拡大したことから、著作権の重要性は一層高まった。このことは著作物のクリエーターだけでなく、これをビジネスに利用する事業者さらにはこれを「消費」するエンドユーザーにとっても同様である。特許や商標では、権利の効力に「業として」の要件があるため、エンドユーザーが侵害の責めを問われることはないが、著作権ではこれを欠く。

 著作権は、ベルヌ条約を始めとする著作権関係条約でその内容・効力が明確に規定され、別異に解されることはまずない。ところが、効力の制限については事情が異なる。基本的にはそれぞれの国の文化的な歴史や国民感情を背景に先のスリーステップ・テストに照らして決められる。このため、権利制限規定の検討では議論が対立し易い。権利者、事業者と一般ユーザーの利益が固定し、その間に相互互換性がないためである。

 私的複製はその典型である。1970年、現行著作権法が成立した際の私的複製は、極めて単純に、「個人的又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用する」という目的と、「その使用する者」がという複製行為の主体の縛りだけで構成されていた。この基本的な構造は今も変わらない。結果として複製可能範囲は世界に例を見ないほど広い。

 デジタル録音と録画については、著作者の正当な利益を不当に害しないよう補償金制度が四半世紀前に新設されたものの、複製技術等を限定する制度の硬直性の故に現在瀕死状態にある。見直しの必要があるが、これが難航を極める。「著作者の正当な利益を不当に害しない」という条件の理解が権利者、事業者及び一般ユーザーの間で異なるのもその理由である。ユーザー自身が購入した音楽CDを複製して、クルマの中でも居間でも音楽を聴きたい、このニーズはもっともである。その範囲に限れば、著作者の正当な利益を不当に害するとまではいえないだろう。しかし、現行の制度では友人の持っている複製物が適法であろうと違法であろうと問わず、これをオリジナルとして私的複製することも許容される結果、権利者からコンテンツの販売機会を奪うものともなっている。

 補償金制度は、権利者のみならず、事業者や一般ユーザーの利益にもつながっている。事業者は複製機器・媒体の販売利益を通じて、一般ユーザーはその居間に法律を立ち入らせない利益を通じて。この問題の解決のために求められているのは、虚心坦懐にそれぞれの立場を思いやる関係者の姿勢ではないか。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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