商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

二重登録に係る商標権間の権利関係
=後願商標権者の権利=

 先月、那須高原に宿泊して、菓子に使用している商標「御用邸」と同「御用邸の月」を目の当たりにして、少し前の事件を思い出した。前者(登録第3161363号)の商標権者が、後者の使用に対して、権利侵害として出訴し、控訴審まで争ったが、商標非類似として、侵害が否定された(東京地裁平成24年(ワ)第8346号 平成25年3月28日、知財高裁平成25年(ネ)第10045号 平成25年8月8日)。結論には問題なく賛成である。しかし、両者の争い方に大きな疑問を感じた。
 すなわち、被告も、「御用邸の月」については商標権(登録第5415157号 指定商品「菓子及びパン」平成23年5月27日登録)を有しているのである。
 そうしたら、被告も、登録商標と同一の範囲については、権利を専有し(商標法25条)、侵害を問われることはない筈である。仮に原告の商標権と二重登録でも、無効審判で無効審決が確定するまでは、変わりはない。この点、被告側は、何ら主張することなく、専ら商標非類似で争い、請求棄却を得ている。非類似の判断に自信があったことは確かであろう。原告も、同時期に、別途無効審判を請求しているから、被告の商標権の存在は知っていたと思われる。

 私見では、二重登録でも、後願権利者はいわゆる使用権は専有し、先願権利者の禁止権の行使は制限されると理解している。25条に使用権として定める所以である。学説としては、網野(「商標」第5版692頁)、小野・三山(「新・商標法概説第2版」200頁)の各説があり、特許庁逐条解説も、「この権利は商標登録の無効、取消等がない限り過誤登録等によって重複して併存も制限されることはない。」(19版1373頁)と解説している。

 最近、本件事案のような二重登録の先願権利者は、後願権利者に対し権利行使可能という知財専門家の有力な説があると聞いた。忖度するに、特許法上の利用発明では、後願者は実施できず、実施すれば先願権利者の侵害となる(特許法72条)。これと同じように考えたのかもしれない。現在は関係者も、特許法から入り主として特許事件を扱う専門家が大多数で、そのような考えが出されても不思議ではない状況にある。現に、同じ立場から、後願権利者の使用を侵害として争い、しかも裁判所はこれを認めて先願者が勝訴している事件がある(無効審決確定後争い、遡及して損害賠償が命じられた「ハーブヨーグルトン事件」東京地裁平成23年(ワ)第25132 号 平成25年3月7日)。

 商標法の二重登録間の権利関係は全く別である、前掲「ハーブヨーグルトン事件」判決の争点は、損害賠償に係る被告の過失の有無であるが、私見では、被告の使用は自己の登録商標の使用であって、少なくとも無効審判請求登録前の使用は原則的には善意で過失はない筈である。勿論、被告側がそのような主張をすることが前提である。
 なお、登録商標の類似範囲の使用については、前掲私見は妥当しないが、判決には被告の使用がそのような使用とはない。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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