商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

世界最初の著作権法

 世界最初の著作権法は1710年のアン法である。この著作権法の正式なタイトルはいささか長く、「印刷物の複製権を著作者又はこの複製権の譲受人に所定の期間帰属させることによって教育を奨励する法律」という。
 グーテンベルグによる活版印刷機の発明により、大量の書籍が流通する状況が生まれたものの、活版印刷機を購入するには多大な投資が必要となる。一方、出版書籍の中には権力者に不都合な思想・言説も含まれようから、このメディアを為政者としてはコントロールしたい。これら印刷業者の投資保護と、国王による情報検閲を目的として16世紀中期に勅許により書籍出版業組合がロンドンに生まれた。これにより、出版物はこの組合の下に集中され、組合員たる印刷業者の利益は保護され、この組合を介して国王は当時最大のメディアをコントロールできることになったわけである。
 その後時代が進み、アウトサイダー印刷業者が登場するに及び、組合員の利益が侵され始めた。そこで、組合が英国議会に求めた法律が、先のアン法というわけである。このような経緯で生まれた法律ではあるが、英国議会はロビイストに偏することなく、正義をこの法律で相当程度実現しているようにみえる。
 まず、既刊書籍については21年間の複製権を認め、未刊書籍については14年、この期間が満了したときに、著作者が生存していれば権利を復帰させさらに14年認めている。印刷業者からすれば、永続的な印刷独占権を望むはずであるが、立法者はそれを認めなかった。印刷独占権の権利者は組合の登録簿に登録されると同時に公示もされる。公示された権利が侵害され、無断で書籍が販売される場合、罰金が科される。
 内容的に素晴らしい点は、まず、消費者保護策が盛り込まれている点である。販売されている書籍の価格が不合理に高額である場合、だれでもLord Archbishop of Canterbury等に訴え出ることが認められる。適正額より高額である場合には、1冊につき5ポンドの罰金が科される。もっとも、その半分は国庫が没収する。いささか厚かましいようにも見えるが、被害者が広範にわたり個々の被害額がさほど大きいとはいえないこのような場面においては合理的でさえある。
 さらに、Nine Copiesという制度が設けられていたことである。この制度は、現在の国立国会図書館への納本制度に似た制度であり、オックスフォード大学やケンブリッジ大学など9の大学等の図書館に発刊した書籍の納本を義務づけた。これにより、英国では古い書籍が主立った図書館に収蔵され、現在でも利用できていることは素晴らしいというにつきる。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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